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 大島わたる ぼくはドモリながらしか語れない気がする
 
 アジトの山小屋に火をつけた。ここにいた証拠を隠すため。そして、以前から作ってあった、さらに山奥にあるアジトへぼくらは移動していく。本木さんに命じられて、ここで死んだ五人の同志の服を燃やした。身元を隠すために裸にして埋葬し、小屋においてあった洋服。偶然手にしたのが、野村幸子さんの服やった。ぼくは思わず、それを胸にギュッと押しつけた。ぼくが力也の詩を書いた紙を渡したとき、本屋敷さんがしはった動作を、無意識に真似ていた。

 幸子さんがよく着とった、濃い緑色の服。よう似合ってた。それが火に飲まれていくのを見ながら、幸子さんと一回だけセックスをしたことを思い出した。そのとき彼女は、この服を着てたんやった。大きな温かい腰を持った強い女性やった。涙を出すわけにはいかんので、雪つぶてを作り、その服に投げつけた。心の中では、そっちで四郎と一緒に雪合戦をやってください、とつぶやいとった。

 川のこちら側の道を、ぼくらは一列になって登っていった。歩かれへん竹中さんは担架に乗せて、岸田聡さんは杖をついてやけど、自力で歩いている。竹中さんは担架の上で、小さい声で歌を歌い、岸田さんは、誰かを相手に議論しているつもりなのか、手振りをまじえて独り言を言い続けている。

 「言葉の問題、演技の問題と君は教えてくれたがだね、君の論法からすれば、憲法第九条も同じにならないか。だってそうだろう、軍隊はもたないと言いながら、自衛隊は軍隊じゃあないか。それを言葉上でごまかし、国民すべてがこの国が軍隊を放棄したように演技しているわけだ。言葉と演技の問題が、日本の文化に染みついた悪弊であるなら、それと戦うことは一種の文化大革命と言えまいか・・・・・・」とかなんとか。

 ぼくは、岸田さんのブツブツを聞き流しながら、本屋敷さんがくれた、力也の詩のことを思い出す。長い詩だったけれど、この五行が心に残り、ときどき口にしていた。ドモリも含めて、まるでぼく自身を歌っているかのように思えたからやった。
 
 「ぼくたちの社会では
  産まれたばかりの子どもでさえ
  死の歌を歌う。
  そんなぼくたちには
  吃音でしか未来が語れないのだ」
 
 高橋さんが登っていきはった斜面の上で、火が燃えてるように見えたけど、錯覚やろうな。高橋さんが、この近くでウロウロしてるはずがない。それにしても、高橋さんはどこに行ったんやろう。この行軍に何となく抵抗があるのは、高橋さんが一緒やないからや。ぼくはこのままついていってええのやろうか。それとも・・・高橋さんのように組織を離れるべきなのやろうか・・・。今のぼくには決断がつかへんわ・・・。高橋さんには最後までおってほしかったけど・・・。
 
 雪が本降りになると、みんな背を丸めて歩き出した。無数の白い斜線が宙に引かれ、隊列の先頭は霞んで見えない。ぼくらの丸まった背中にまで雪が積もり、雪原と一体になりつつある。雪のふところに入っていきながらも、銃だけはぼくらの決意か何かのように、真っ黒のまま屹立させ・・・。厳しい行軍。まるで地球の終わりに降る雪や。竹中さんによると、人類は、道を見失い、雪の中のさまよい歩きながら滅亡するという。確かにそんな光景やわ。

 あれ、あれは誰や。向こう岸をぼくらと平行に歩いているヤツがいる。誰なんやろう。こんな時間に。山の上に見た火みたいに、錯覚やろうか。いや確かに歩いとる。しかも二人や。どこに行くつもりやろうか。このまま進めば、向こう岸に渡れる橋があり、その橋を渡らずに険しい山道の方に折れ曲がると、新しいアジトにいきつく。あの二人は、こっちに渡ってくるのやろうか。小さな姿。四郎と力也の子どもみたい。そうかもしれない。四郎と力也の子が川の向こうにおるのやろうか。ぼくは手を振りたいのを我慢する。ぼくが止まると二人も止まる。ぼくと目が合う。ふたりは向こう岸の橋の袂に、小さな手を取り合って立ち、ぼくの方を見ている。ぼくはいつもの夢想と、今見ている光景の区別がつかなくなる。これは夢やろうか、それとも・・・向こう岸にはホンマに二人がおるのやろうか。

 橋の向こうには、ぼくたちが目指す何かがある。ぼくたちが憧れる何かがある。それが何か、ぼくはドモリながらしか語れない気がする。断片的にしか語れない気がする。たとえば、向こうにはわけもないのに、コロコロと落ちてくる薪があるんや。子どもを死なせない何かがある。死んだ子どもと再会できる何かがある。人の苦しみをいやす何かがある。力也が座ったすみれ色した窓辺がある。母の隠したピアノの鍵がある。親密な色合いの駅舎があり、そこには出発を待つ列車が止まっているんや。

 ぼくは、フラメンコの踊り手として橋を渡るのやろうか。それとも山崎博昭さんのようにやろうか。橋の向こうには、ぼくたちが殺してしまった仲間と出会える広場がある。花があり、三つの風船があり、幸子さんの緑色の服がある。ありふれた日曜日があり、キノコの匂いのする魔法にかかった通りには、平凡な日暮れが訪れる。ぼくは目隠しされたバッタになって、橋を渡るのかもしれん。

 星があり、野草があり、力也の運転したバイクがある。生命が輝き、美しいもの。詩とチェロがある。ドビュシーが聞こえ、母が歌う「花の街」も聞こえてくる。武装して橋を渡ったぼくは、恥ずかしさから橋の向こうでは、銃を取り落としてしまうだろう。橋の向こうには、生きた証があり、青春の失敗があり、高すぎる理想があり、誇りがあり、純粋さを求める心があり、挫折した少年の嘆きがあり、勇気と希望がある。それらは緑の木々となって森を作るだろう。そして泉があり、川があり、原っぱがあり、海があり、思い出があり、悔恨があり、笑いと涙があり、美しい跳躍がある・・・・・・・・・。

 四郎と力也の子どもがぼくに手を振ってくる。ぼくも手を振り返す。二人の姿がまた雪の向こうに隠れかける。

 立ちすくんでいたぼくに、本木さんのいらいらした声が届く。
 
 「大島、こっちの山道だぐずぐずせずに早く登れ。いつ警官が来るかもしれんぞ」
 みんなが立ち止まって、山道からぼくを見下ろしている。ぼくは川の向こうにいる二人を指さす。四郎と力也の子・・・。二人の姿は、雪の簾で隠されそうになっている。早く話さなければ・・・・・・。ぼくは指さす、二人がいる未来の方角を。だけど、まだ言いよどんだままだ。ここで何かを言わなければ・・・・・・、ぼくはぼくでなくなってしまう・・・。ぼくはぼくの可能性でなくなる。ぼくはぼくの未来でなくなる・・・。ぼくはぼくの言葉の源を失ってしまう。・・・・・・すると言葉が勝手に出てきた。
 
 「あ、あ、あ、新しい人、あ、あ、あの橋をわ、わ、渡れ。あの橋を渡れ」
 
 本木さんたちは、呆気にとられてぼくを見下ろしている。

 山は静まりかえり、雪がその静寂を埋める。
 ぼくはもう一度、今度は大きな声で言う。

 「新しい人、あの橋を渡れ」と。

 
                                   (了)
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プロフィール

TakuKG01

Author:TakuKG01
木田拓雄プロフィール
新潮新人賞受賞
著書・作品
「深海魚 Ⅰ・Ⅱ・Ⅲ」(スタジオ・オーク)
「秋の苦い光」(角川書店)
「二十歳の朝に」(「新潮」)
「モデルの話」(「海浪」)など多数

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*毎週金曜日更新

・登場人物紹介

大島わたる
最年少の兵士。

竹中憲一
心の中をなくした男。
批判を受け雪の中で縛られている。


野村幸子
子どもを宿したまま組織によって殺害される。

高橋正邦
組織の幹部の1人。
自らを化け物と呼ぶ。


本木敬一郎
組織の最高幹部。
予言者に憧れている。


吉川順子
組織の女性リーダー。
女性の解放を夢見る。


大島春彦
わたるの父。豆本収集家。

山本順子
生きて山を下りることに執念を燃やす。

岸田聡
プロの役者。山本順子の恋人。
大本を批判したため暴行を受け雪の中に放置されている。

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